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礼拝メッセージ

2月22日

もっとすぐれたものを
へブル11:39-40
武安 宏樹 牧師
本章の信仰者列伝最終回。「約束されたものを手に入れることはありませんでした。」(39節)それ自体が目的地でなく、報いを引き出す取引なのでもなく、生前に何かを達成したわけではないのに、神を信頼することを止めなかった。私たちは人間的な思いとして、この世で何かを遺したいと願うのが普通です。学校では成績、企業では役職、老後には子や孫のため財産や家を遺したいと、そう思うこと自体は不信仰ではなく、神は善きにつけ悪しきにつけ報います。キリスト者も例外ではなく、証しや奉仕など神の主権に拠るべきことさえも、伝道や祈りや企画の見返りに、人が救われたり良い影響が及ぼされる期待が、ゼロではありません。究極的に信者の価値基準や教会の指標とは何だろうと、ここ半世紀は宣教学で教会成長論の興隆で、数値&分析的視点が強まるなど、善し悪しです。自分の願いにせよ周囲の期待にせよ、その通りならなくても、まして神ご自身が約束されたことが果されなくても、神のことばの真実だけ、信頼することができるでしょうか。「しかし,たとえそうでなくても」(ダニ3:)敵対する「神々」は、因果応報の人間的価値観に落とし込もうとするのです。

人間的な思いに優るものは何か?どうしたら「もっとすぐれた」神の恵みを受けられるのか?一言で言えば苦難です。「あなたがたの信仰は,火で精錬されてなお朽ちていく金よりも高価であり」(Ⅰペテ1:)試練の火で精錬されると肉の不純物が削ぎ落とされ内なるキリストが残ります。炉の中を7倍熱くし、三人が放り込まれたら、何の害も受けずに縄を解かれ自由に歩いているのが、キリスト者の真実です(ダニ3:/イザ43:2)。ペテロ自身も放火犯に仕立てられ、悪名高きネロ帝時にパウロと共に殉教。以降10大迫害が250年も続いた後に、帝国公認&国教化で世界最大の宗教に発展しますが、保護されると弱くなり、逆に共産党下の中国や、命の危険を犯すイスラム圏のように強く伸長します。日本も豊臣~徳川時代に陰惨で徹底した弾圧を行い、その恐怖が影響したか、戦時下の教団総督は世に屈して、伊勢神宮参拝と戦勝祈願の罪を犯しました。今日を生きる私たちが求めるべき、「もっとすぐれたもの」とは何でしょうか。先達が通されたような苦難から、内なるキリストが剥き出しになりますが、未だ知らない「生」で「ガチ」な、「もっとすぐれた」霊の呻きを共に見ませんか。
2月15日
この世は
へブル11:35-38
武安 宏樹 牧師
35節「死んだ身内の者たちをよみがえらせて」エリヤ&エリシャの信仰からツァレファテの貧しい婦人と、シュネムの裕福な婦人の子らを生き返らせて、彼女たちの信仰は奇跡で応えられます。奇跡は全能の神の主権に因るもので、半信半疑や興味本位は駄目ですが、折に適って起こることを期待しましょう。ところが後半部は「よみがえり」でも、「もっとすぐれたよみがえり」があると。旧新約の間には400年の中間時代があり、捕囚から帰還を命じたペルシャは、アレクサンダー大王に征服されギリシャ文化が持ち込まれます。彼の死後は、部下たちが争いながらイスラエルの主権も二転三転、セレウコス朝シリアのアンティオコス・エピファネス王は、ユダヤ人に対し壮絶な迫害を行います。

「王は,すべての人々が一つの民族となるために,自分の慣習を捨てるよう~要するに律法を忘れ,掟をすべて変えてしまうということで,従わない者は死刑に処せられることになった。契約の書を隠している,律法に適った生活をしている者は,処刑された。悪人たちは町々で暴行を加えた。イスラエル人の多くは屈せず,契約に背くより死を選んでいった。兄弟たちは励まし合い『主なる神が私たちを見守り,真実をもって憐れんでくださる』母親は7人の息子が惨殺されるのを直視しながら,喜んでこれに耐えた。」(マカベヤ書抜粋)後に王は悔い改めるも時すでに遅く無残な死を迎えます。ユダヤ人と聞けば、ガチガチのパリサイ人を想像しますが、彼らは文字通り律法を死守しました。

「我々が今日信仰を持つことができるのは,この人たちが死をもって信仰を守り通したからである。」(バークレー)暗い中間時代の襷がキリストの十字架へ。奇跡を見るよりも迫害を受ける方が、確実に一粒の麦が落ちて拡散するので、自分が死んでも後に大収穫を天から見て主に喜ばれます。36節はエレミヤ、37節はエホヤダの子ゼカリヤ、マナセに切断されるイザヤ、エレミヤの同士ウリヤ。38節「この世は彼らにふさわしくありませんでした」それはそうです。世は悪魔の支配下にあり、キリスト者の存在は奴に吐き気を催させるのです。「実は文明社会の方が彼らにはふさわしくなかったのである。神への信仰はこの世の安楽を保証しない。しかし究極の世界で『報酬』をもたらす。」(ブルース)
2月15日
戦いの勇士
へブル11:32-34
武安 宏樹 牧師
敵から隠れるように小麦を打ち、御使いの声に尻込みしていたギデオン、敵を討てと言われても、預言者同行無しには行かないと駄々こねるバラク、ナジル人なのに異教徒と結婚や買春など如何わしい生活を送ったサムソン、ごろつきと略奪する娼婦の子、主の前に軽率な誓いゆえ娘を奉献したエフタ、王の権力を笠に着て略奪婚と部下殺しも、預言者の指摘に悔い改めたダビデ、仕える祭司の教育不足で不肖の息子らがさばかれるも、従順に従うサムエル。人格的に欠陥のある者、気の小さい者、育った環境の宜しくない者もいます。けれども不完全な信仰ながら、神に用いられたことに私たちも励まされます。「獅子の口をふさぎ~火の勢いを消し」はダニエルと、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴ。「しかし、たとえそうでなくても~」(ダニ3:18)信仰の白眉です。「剣の刃を逃れ」はエリヤ&エリシャ&エレミヤか。「弱い者なのに強くされ」以上の旧約時代の勇士たち全てだけでなく、私たちにも同じことがいえます。信仰の力は原子爆弾のように破壊力があり、敵対者を恐れさせて屈服させて、悪魔を震え上がらせるだけでなく、当人を造り変えて御名をあがめさせます。

私たちはどんな戦いがあるでしょう。「信仰」ですから神との関係が人との関係より先に来るべきで、ここで妥協するとズルズルと後退していきます。常に自分の弱さと神の強さを覚えて、悔い改めと謙虚な信仰を保つことです。一歩一歩を御言葉の光に照らし続けるのが信仰者です。兄弟下位のダビデが、主から呼ばれました。ふさわしくない者が選ばれることを「恵み」といいます。私たちの弱さは信仰の不足よりも、己の力で強行突破する傲慢さにあります。この傲慢は己を神とする者の特徴、偶像礼拝も諸霊も用いて頼ろうとします。私たちが戦うべきは、右でも左でも教会内や教派間などの内輪もめでもなく、「支配、力、この暗闇の世界の支配者たち、また、天上にいるもろもろの悪霊に対するもの」(エペ6:12)ゆえに、以下のリストの如く武具で身を固めることと、それだけでは知らず知らずのうちに、自分の力で戦って消耗してしまいます。「苦難のしもべ」(イザ53:)がありのまま引かれて、火の中に屠られる彼方に、「末長く子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。」悪魔は地団駄踏みます。恵みを受け、武装し、砕かれて、明日を見ましょう。
2月1日
紅海を渡る
へブル11:28-31
武安 宏樹 牧師
本日の箇所で28節の過越だけ主語はモーセですが、29・30節は「人々」です。旧約の民は概して不平&不満&不信仰で主を怒らせ、罪人の性丸出しですが、何故かピタッと御言葉と指導者に集中してまとまる瞬間が、幾度となくあり、モーセ&ヨシュアの優秀さもそうですが、聖書が全体としてとりわけ本書は、信仰そのものの優越性を語り、指導者だけでなく民全体が御言葉に応答して、全員が奇跡の目撃者、家族で羊を用意し血を塗る奉仕者として体験します。同じ血を共有してみな救われる。キリストの十字架と聖餐の型となりますが、血の共同体の確立なくば、「人々」となって紅海を渡る奇跡も無かったのです。私たちの家族は同じ血を共有するゆえに、不承不承でも世話をし合いますが、主の民は血縁関係ではなく、血を塗られた人々として「親分」を共有します。以前の人生にキリストと共に死んで、新しいいのちは聖霊を内に宿すゆえに、キリストの血が流れている者同士で、信仰なくばあり得ない結合が教会です。追い詰められた民はモーセに責任転嫁しますが、「主があなたがたのために戦われるのだ。あなたがたは,ただ黙っていなさい。」(出14:14)一喝しました。

指導者の耳に喧しいから黙れ!ではなく、あなた方の気持ちも察するが、 恐るべき神に集中するため人間的な思いを静めよと。「合議制」も尤もですが、 その上に「聖書信仰」の絶対的規範があり(教団三原則)、静まる時に静まらず、 みんなで御言葉を聴かないと自滅します。モーセは語られた通り杖を上げて、 その姿を見て民は一つになり、海は開かれみんなで通る奇跡を経験しました。 個人的な聖霊体験も素晴しいですが、集まって賛美し祈る中に恵みは力強い。 紅海は敵から逃れる中で開通し、エリコの壁は攻める中で陥落します(ヨシ6:)。 「この巡回は児戯に等しく馬鹿げたものだったが,彼らは神の命令に従った。 城壁は人間の叫びや物音や,トランペットの響きで崩れ落ちたのではなく,民 が神の約束された業を待ち望んだから落ちた」(カルヴァン)みんなの力の結集が、 教会でなくて何でしょうか。最後に遊女ラハブは系図に名が記されて(マタ1:)、 異邦人&異教徒の卑賤ながら、ルツの義母&ダビデの高祖母でキリストへと、 ただ主への信仰で接ぎ木されたこと自体、人間的な常識を覆すものでした。 今月は壁を壊す前の備えの時。私たちも自分の壁を壊してつながりましょう。